1. プロジェクト・サイト

位置図

 ネパール王国ミャグディ郡ナルチャン地区およびパルバット郡サリジャ地区(ポカラより北西へおよそ40km)。

2. プロジェクトの概要

 ネパール西部のミャグディ郡およびパルバット郡において、自然環境を保全しながら、住民の生活改善をすすめ、地域社会を活性化させることを目的として、昨年度(2005年度)に建設した苗畑の苗木生産能力を向上させ、植林地への植樹を本格的に開始するとともに、紙および生地を生産する加工施設などを建設し、住民の所得向上計画をすすめる。
 昨年度は、「ネパール山村での生活林造りプロジェクト」の長期計画(10ヵ年計画)および3ヵ年計画を住民参加で策定し、苗畑を建設、苗畑の管理・運営をはじめた。苗畑管理人・森林委員会に対する第1段階の研修もおこなった。
 本年度は計画の第2期目として、苗畑を拡充して苗木の生産能力を向上させるとともに、植林活動を本格的に開始し、それに加え、住民の生活改善と地域社会の開発を視野に入れ、地域の森林資源を有効に利用して住民の所得を向上させる計画をすすめる。所得向上計画では、プロジェクト地に多数自生するロクタとイラクサの加工施設を建設し、必要な資機材を供与する。また、森林資源を効率的に運搬できるようにするために、森林と集落をむすぶ通路(trail)を整備・建設する。
 本年度も、現地スタッフ2名を雇用するとともに、日本人スタッフ1名および日本人専門家1名を現地に派遣し、事業の開始、施設建設、評価の一貫したプロジェクト管理をおこなう。
 昨年度実施したプロジェクトを踏まえて、今回のプロジェクトを実施することにより、昨年養成した苗畑管理人や現地スタッフを継続的に雇用することができ、また乾季の間に、苗木を計画通りに生産でき、加工施設や通路の工事も終了することができる。

3. これまでの経緯

(1) 生活林づくりをめざす

 昨年度(2005年度)に開始した「ネパール山村での生活林造りプロジェクト」(外務省NGO無償資金協力)により、パルバット郡サリジャ村およびミャグディ群ナルチャン村において、地域住民が利用できる生活林づくりをめざして、育苗・植林に関する長期計画(10ヵ年計画)および3ヵ年計画を住民参加により策定し、苗畑を建設した。苗畑管理人に対しては、苗畑の管理・運営に関する基礎的な研修をおこなった。
 サリジャ村は、パルバット郡サリジャVDC(Village Development Committee)に属し、人口は3,325人(2001)、標高1,600~3,000m(平均2,200m)に位置する。一方、ナルチャン村は、ミャグディ郡ナルチャンVDCに属し、人口は1,896人(2001)であり、集落は上下に分かれて存在し、上村の標高は2,200m、下村の標高は1,250mである。
 
「生活林」とは
、単に木材を生産するだけではなく、薪・家畜飼料・食品・薬品・土壌保全機能など、住民が生活していくうえで重要な機能をかねそなえた森林であり、住民の最も重要な生活基盤となる森林のことである。ネパール・ヒマラヤの山村民は今でも森林に高度に依存した生活をおくっている。森林は本来、木材などの生産の場であるとともに、下草の刈り場や肥料となる落ち葉集めの場であり、また、田畑や飲料水の水源でもあった。公益的機能を失わずに森林資源を開発できる「生活林」を造ることにより、自然環境と住民の生活を調和させ、森林と人間とが持続的に共存していく道を開くことができる。

(2)10ヵ年計画(長期計画)

 10ヵ年計画(長期計画)は次の通りである。
〔植林地の面積および苗木の生産本数〕ナルチャン村およびその周辺地域には、47ヘクタールの植林すべき土地が存在する。この面積に120,000本の苗木を植える必要がある。一方のサリジャ村およびその周辺地域には、48ヘクタールの植林すべき土地が広がっている。この面積には130,000本の苗木を植える必要がある。
 両地域をあわせると、95ヘクタールの面積に、計250,000本の苗木を10年間かけて植える、最初の3ヵ年で64,000本(1年目16,000本、2年目21,000本、3年目27,000本)、その後年間約27,000本の苗木を植え続けるという計画である。
 したがって、昨年建設した苗畑は、本年度および来年度において拡充・整備し、少なくとも10年間は運営を続け、95ヘクタールの面積に苗木を供給しつづけることになる。
〔目的〕目的は次の通りである。
・森林を再生させることによりにより、地滑りなどの自然災害や、雨季の土壌浸食を防止する。
・森林により水源を確保する。
・住民の生活に必要な家畜飼料や薪・材木などを生産する。
・村落近辺に森林を再生させることにより、家畜飼料や薪の採集に要する労働時間を短縮する。
・換金樹種を採取・栽培・加工・販売して住民の所得向上をはかる。
・住民の生活環境を整備し、生活を改善する。
・地域を活性化させる。

(3)3ヵ年計画

 10ヵ年のうち最初の3ヵ年で次の計画を実施する。
〔植林地の面積および苗木の生産本数〕ナルチャン村には20ヘクタール、サリジャ村には23ヘクタール、合計43ヘクタールの植林すべき土地が存在する。3ヵ年計画では、この植林地のうちの約24ヘクタールに64,000本の苗木を植える。そのために、この需要にこたえる数の苗木を生産・供給できる苗畑を段階的に拡充・整備していく。また、総延長2,100mのフェンス(家畜が侵入して苗木を食べないようにするための石垣)を建設する。
〔目的〕目的は次の通りである。
・植林を開始し、軌道にのせる。
・住民自らが森林を管理・利用できるようにする。
・森林資源を有効に利用して住民の生活を改善する。
・森林資源(紙になるロクタ、生地になるイラクサなど)を採取、加工・販売して、住民の所得を向上させる。
・住民参加により村人の意識を啓発し、コミュニティ能力を向上させる。

4. 本年の計画

 本年の計画は、昨年(第1段階)の成果を踏まえ、苗木の生産能力を向上させ、植林を本格的に開始し、さらに、森林資源を利用し住民の所得を向上させるという第2段階にすすむというものである。
 このように、本プロジェクトは、一連の計画を、明確な段階を踏んで進めることにより効果をあげようとするものであり、第1段階の効果があるうちに、すみやかに第2段階へ移行することが肝要である。このような段階を着実に踏むことにより、地域住民の自立を徐々に促進することができ、将来にむけて持続する森林保全や地域活性化の道を切りひらくことができる。
 すみやかに本年度のプロジェクトを開始すれば、昨年度に養成した苗畑管理人や現地スタッフを確保し継続して雇用し、彼らの能力をさらに伸ばすことができ、また、苗畑拡充や施設等の建設も乾季の間に終えることができる(雨季になると工事は困難をともなう)。また、乾季の間に育苗をすすめておかないと、雨季に入ってから植林を本格的におこなうことができない。機を逸しないことが重要である。

(1)苗畑拡充(苗木生産能力の向上)と植林の本格的開始

 本プロジェクトでは、生活林育成を目的に、昨年度始めた苗木生産の生産能力を向上させるとともに、苗木の植林を本格的に開始する。植林は、すでに組織化されている森林委員会が中心になって住民参加によりおこなう。植林後は、苗木が家畜に食べられないようにフェンシングを実施する(苗木を柵でかこい保護する)。
 昨年度は、小規模な施設から始めるというコンセプトで16,000本規模の苗畑を作ったが、苗木の配布実績は好調で需要が大きく、早急に施設規模を拡大してその需要にこたえることが、生活林造りの当初の目標達成に不可欠であり、また過剰投資にもならない。
 具体的には、3ヵ年計画の推進、およびその後の10ヵ年計画の基盤整備のために、苗畑における苗木生産能力を、第2期(本年度)において年間21,000本程度にまで拡充する必要がある。昨年度の事業結果を勘案すれば、この規模の施設の維持・運営には問題はない。
 苗畑の拡充・整備は、第1期で基礎的な運営指導をおこなったので、第2期では施設整備をおこなう。このように苗畑は段階的に整備していった方が、一度に大きな苗畑を建設するよりも着実な苗木生産ができ、苗木の品質向上にも役立つ。また、住民による自立的苗畑運営にもつながっていく。
 また、現苗畑は、周辺地域全体の苗畑センターとして整備する方針であり、10年間にわたって周辺諸地域へひろく苗木を販売・供給し、地域全体の森林保全に寄与することを目的としている。なお、苗木は1本約1~10ルピー(樹種により価格は異なる)で販売する計画であり、苗畑運営のマネージメント能力の向上も段階的にすすめていく。また、苗畑の用地は村の共有地であり、その所有権は村が保有している。

(2)苗畑管理人らの会議・研修

 苗畑を管理・運営する苗畑管理人や森林委員は、種の購入、苗木の育成、帳簿の記入・管理などの苗畑運営に関する基本的な研修は昨年受けたが、植林や森林利用に関する訓練はまだおこなわれていない。そこで、経験豊富な専門講師を招聘して、植林適地の探し方、苗木の植え方、樹木の切り方、森林管理の仕方、森林の利用法等に関するワークショップや実習をおこない、一貫した森林管理能力を身につけさせる。
 そして、管理人や森林委員が地域住民に対して森林保全の意義と方法を指導できるようにする。植林の初期段階から、植林は、自らの村や生活のためにおこなうのであり、単なる労働ではないということを住民に理解してもらい、既存の森をまもりながら、村のルールのもとで森林の計画的利用ができるようにしていく。
 このような取り組みは、苗畑運営の効果を周辺地域にひろく波及させていくことにもなる。
 また、会議や研修終了後には参加者からアンケートをとり、その成果について確認・評価する。

(3) 住民の所得向上計画

 本プロジェクト地では現金収入がほとんどないため住民は非常に貧しい生活をしており、住民の所得向上は、地域社会の発展にとって非常に大きな課題になっている。また、植林でできた森林や地域の森林資源を適切に保全し管理していくためには、薪や材木などの森林資源の収奪以外の生計手段を発達させ、自然資源に過度に依存しなくてもすむ生活スタイルを確立する必要がある。つまり、地域住民の所得を向上させることは、森林保全事業をすすめる上でも非常に重要な課題になっている。

■ ロクタおよびイラクサ加工施設の建設

 サリジャ地域では、地域内にひろく自生するロクタおよびイラクサの加工施設をそれぞれ建設し、必要な資機材を供与する。ロクタは採取後加工されて紙になり、イラクサは生地になり、販売することができる。ロクタは、プロジェクト地内の約50ヘクタールの地域に、イラクサは約24ヘクタールの地域に多数自生しており、資源量は十分ある。ロクタ加工施設はサリジャVDC第6地区(サリジャ村)に、イラクサ加工販売施設はサリジャVDC第7地区(パタルカルカ村)に建設する。これらの所有権は各村が保有する。
 住民の中には、ロクタおよびイラクサ加工に関する研修をすでに受け、その技術を習得している者がすでに10数人程度いるので、その人達がほかの住民を指導することにより、加工生産体制を確立することができる。そのためには加工施設の建設が必要であり、今たりないのはインフラストラクチャーである。
 加工品は、紙や生地の半製品としてポカラやバクタプールなどの製品加工工場に卸すことができる。ポカラやバクタプールでは紙や生地の需要は元々大きく、また資源採取に経費はかからないので、本施設建設が過剰投資になることはない。将来的には、森林資源を活かした地場産業として成長するように、本年度はその基礎をつくりあげる。

■ 特産品開発研修 -シャクナゲ・ジュース加工-

 ラスワ郡ドゥンチェ村には、小規模ながらシャクナゲ・ジュース工場があり、シャクナゲの花からジュースをつくり、1ボトル70ルピーで販売している。
 本プロジェクト地周辺にはシャクナゲが非常に多数自生するので、本地域にもこの加工技術を導入すれば、ゴレパニなどにあるツーリストのためのロッジにこの地域の特産品として販売でき、森林資源を有効に利用しながら収入向上をはかることができる。これは、ネパール国内にすでにある先進技術を本地域において活用し、さらに発展させることでもある。
 本年度は、技術者を養成するために、その工場に3名を派遣してトレーニングし、ジュース加工技術を習得させ、将来のシャクナゲ・ジュース加工販売の基礎をつくる。

(4)通路(trail)建設

 ナルチャン地域では、森林と集落をむすぶ通路(生活道、trail, 下ナルチャンと上ナルチャンをむすぶルート約5km)が非常に悪い。住民は、森林資源(薪・家畜飼料・材木など)をかついで運搬しているので、かなりの苦難をしいられている。また、家畜を森につれて行くのにも大変苦労している。
 この通路に石を敷きつめて強固なものに整備すれば、森林資源の運搬や家畜の移動がやりやすくなり、住民の労働が軽減される。特に子供や女性にとってはこの効果は計り知れない。運搬が容易になると、集落近辺の木を切らずに、比較的遠くの森から広く薄く伐採することが可能になるので、森林保全にも大きく寄与する。また、物資の運搬が容易になることは、住民の所得向上を目的とした地場産業発展のためにも非常に有益である。
 なお、現在の道では通常1人あたり約30kgの物資しか運べないが、通路がよくなれば40kg程度は運べるようになると推定される。

(5)事業の維持・管理体制

 ヒマラヤ保全協会・本部スタッフ1人がプロジェクト・マネージャーをつとめる。また現地スタッフ2名を雇用する。日本からは、本部スタッフ(プロジェクト・マネージャー)および専門家1人を派遣し、事業の立ち上げ、業務調整、技術指導、評価、施設建設などの一貫したプロジェクト管理を行う。
 本部スタッフ、現地スタッフ、派遣専門家の役割分担は以下の通りである。
【本部スタッフ】プロジェクト・マネージャー(事業管理・運営責任者)。自然環境調査(地形・地質・土壌・気象・植生・生態系調査)、環境管理、自然災害対策(防災)、植林地選定、環境管理技術指導、参加型開発手法指導、報告書・ウェブサイト作成、広報等を担当。
【現地スタッフ】〔A〕(Lil Pun)事務・会計担当。プロジェクト・マネージャー補佐。
〔B〕(Chitra Pun)現場作業、モニタリング、現場と事務所との連絡担当。

(6)事業実施により裨益すると予想される人数(裨益人口)

 ナルチャン村、サリジャ村および周辺村の住民約10,000人。

5. まとめ

 本年実施するプロジェクトにより、3ヵ年計画が着実に推進され、その後の10ヵ年計画の基盤が整備される。
 育苗・植林活動により森林が再生されると、家畜飼料や薪・材木などが村落の近辺で生産されるようになるので、家畜飼料や薪の採集に要する時間を短縮することができ、住民の生活を改善することができる。地域住民の飲料水になる水源も確保され、地滑りなどの自然災害や雨季の土壌浸食も防止できる。一方で、わずかに残っている希少種からなる自然林の伐採がこれ以上おこなわれなくなるので、貴重な生態系を保護することにもなる。
 一方、ロクタやイラクサのなどの森林資源を加工・販売することにより、住民の所得を向上させる道をひらくことができる。これは住民の生活スタイルを改善することになるので、森林保全にも大きく寄与する。
 また、本プロジェクトは住民参加によりおこなわれるので、自然環境保全に関する地域住民の認識が深まるだけでなく、コミュニティ能力の向上にも貢献する。
 このように、本プロジェクトは、環境保全・森林利用・村落開発を有機的にむすびつけ、森林保全と森林利用を同時に推進するので、自然環境と地域社会を調和させる効果がある。環境保全と社会開発を両立させてこそ地域社会を持続的に発展させることができる。