《第30回記念 ネパールサロン》ーマガールとタマンを例としてー
織物をするタマン(族)の女性
織物をするタマン(族)の女性

2006年からあらたにはじめたネパールサロンが第30回目をむかえることになりました。今回はこれを記念して、ヒマラヤ保全協会の織物・紙漉事業アドバイザーで、ネパールの文化にとてもくわしい遠藤昭一さん(ヒマラヤンマテリアル代表)にお話しいただきました。遠藤さんは、ヒマラヤ保全協会のアドバイザーとしてネパールに毎年渡航して現地の人々を指導し、事業の推進に貢献しています。今回は、この経験を通してえられた、自然をいかしたライフスタイルについて、マガール(族)とタマン(族)を例として解説していただきました。特に、両者のライフスタイルの共通点と相異点について着目し、人間と自然環境とのやりとりの中からあらたな地域文化が生まれてくることをまなびました。

【日 時】2010年4月10日(土)15:00~17:00
【会 場】ヒマラヤ保全協会事務所 > JR代々木駅徒歩10分
【話題提供】遠藤昭一(IHCアドバイザー)& 田野倉達弘(IHC事務局長)
脱穀をするタマンの女性たち
脱穀をするタマンの女性たち
紙の原料になるロクタが自生する
紙の原料になるロクタが自生する
帳簿のつけ方を指導する遠藤さん
帳簿のつけ方を指導する遠藤さん

解説:事業地をあるいて、民族の垂直分布を見る

ヒマラヤのトレッキングエリアと民族ゾーン

ヒマラヤ保全協会は、現地事業を通して多数の村々を訪問し、様々な民族に出会ってきており、その結果えられた知見を、先日、地球市民講座「ヒマラヤの民族多様性と民族問題」としてまとめました。これを踏まえて、この問題をさらに整理・追求し、今後のネパールサロンやボランティアデーで発表していきたいとおもっています。

ヒマラヤは、下の方は亜熱帯ですが、上の方は氷雪帯(氷河の世界)になっており、その中間に温帯~高山帯が分布しています。標高5000メートルをこえると氷河がでてきてこれより上には人は住めません。

ネパールのあるきかたで一番おもしろいのは、標高の低いところから高いところへむかってのぼっていくルートです。山をのぼっていくと、高さによって生えている植物が変化していき、その垂直分布を見ることができます。そして、植物の垂直分布と非常によく似て、そこで暮らしている民族にも垂直分布を見ることができます。

ネパールは、標高がひくいところは数十メートルしかなく、そこから標高1200メートルぐらいまで(高くても1700メートルぐらいまで)は、ヒンドゥー教徒(いわゆるバフン、チェトリとよばれる人々)がくらしています。これらの人々は言うまでもなくヒンドゥー文明の民です。ヒマラヤ保全協会の事業地では、下の方からのぼっていくと標高1700メートルぐらいのところにガーラ村という村があり、ここがヒンドゥー教徒の最高地点の村で、それよりも上はマガールの村になっています。ヒンドゥー文明の民は、水田稲作と牧畜をいとなみ、カースト分業が顕著なことが特色です。個人主義の傾向が強くて村社会の傾向が弱いため、事業をすすめていくなかで、ミーティングや合意形成で苦労することがよくあります。

一方、ジョムソンというところは標高が2700メートルあり、チベッタンがくらしています。ネパールでは一般的に、標高3000メートル以上のところにはチベッタンが分布していて、そこはチベット文明の領域です。彼らは、荒涼とした大地の一角にオアシスのような耕作地(緑地)をつくり、このような「オアシス畑作」と牧畜をいとなんでいますが、一方で、キャラバン商業がさかんなのが特徴で、よくできたビジネスのセンスをもっています。私が、事業の収支金額の話をすると非常に敏感に反応してきます。先日、エベレスト街道にも行ってきましたが、ここではチベッタンのかわりにシェルパがくらしており、彼らはチベッタンの分派であると言われています。チベット文明はヤク(ヒマラヤ牛)の牧畜に依存していることが、その領域(ゾーン)が高地に限定されてきた理由だと言われています。ヤクは寒い所でしか生きていくことができず、下へおりてきても3000メートルぐらいまでであり、それよりも下へ(暖かいところへ)つれてくると病気になってしまいます。ヒマラヤ保全協会の事業地では、標高2700メートルのジョムソンまではおりてきていますが、ジョムソンではヤクは日陰で休んでいます。ヒマラヤ保全協会がエコ・プロジェクトをおこなっているコプラ・リッジは標高が3600メートルあり、ここでもたくさんのヤクを飼育しています。

チベット文明のゾーンとヒンドゥー文明のゾーンの中間には、マガール(族)、グルン(族)、タマン(族)が分布しています。マガールは、デウタというマガール独自の神を信仰し、独特の伝統文化をもっていますが、その一方で、ダサインやティハールなどのヒンドゥー教の行事もかならずおこないます。グルンも独自の言語や伝統文化をもっていますが、しかし彼らはチベット仏教徒です。先日、ランタンのタマンの村にも行ってきたところ、タマンも、独自のタマン語を話し独自の伝統文化をもっていますがチベット仏教徒です。チョルテン(仏塔)やタルチョ(旗)があり、一見すると、チベット人がくらしているのかとおもってしまいそうです。つまり、中間ゾーンの民族は、それぞれの部族的な伝統文化のうえに、ヒンドゥー文明あるいはチベット文明のどちらかを採用しているのです。低い半分はヒンドゥー文明を、高い方はチベット文明をというように重層になっているわけです。そこで、この領域は「重層文化」のゾーンとよぶことができます。重層文化の民は稲作はおこなわず、畑作と牧畜をいとなんでいます。そして、森を非常に重視するのが特色で、私たちヒマラヤ保全協会の中核事業である植林や森林保全活動がもっとも容易にすすめやすいゾーンになっています。

以上を集約すると、上のように3つのゾーンに整理することができます。(事務局長記)