講義をすすめる水野会長(注)
2006年7月29日、ヒマラヤ保全協会事務所にて、水野正己・ヒマラヤ保全協会会長トークショー「ネパール情勢を読む」が開催されました。
ネパール情勢は近年はげしく変動しており、今後どのように推移していくのか注目されるところですが、基本的には、王政から民主化へという潮流がながれていることに違いはありません。以下に、当日の講義の要約を記します。
ギェネンドラ国王の直接統治や民主化を要求する政党勢力に対する弾圧への不満から政局の混乱が生じていたネパールで、今年(2006年)の4月、大規模な反政府運動が約3週間にわたって続いた。その結果、国王が民政復帰を受け入れ、過去10年間続いた政治的混乱は収束の方向に向かい、民主化闘争は新たな段階に入った。2002年いらい解散を命ぜられていた下院が再開され、主要7政党は国王大権を剥奪する方向を採択し、その結果、国王の政治的権力は大幅に縮小された。国王から政権を奪回した主要7政党は、王制廃止や共和制の確立を掲げるネパール共産党毛沢東主義派(毛派)とともに、暫定政権を樹立させる方向で協議に入った。
今回のネパール情勢の動きを概観すると、15世紀から16世紀にかけてイギリスでおこった王政から議会政治への政治革命と類似の図式である。イギリスでは「国王は君臨すれども統治せず」の社会になった。現在のネパールでも、同様の歴史的変化が起ころうとしている。
ところで、これまでネパールの国軍はRoyal Armyと呼ばれ、国王に忠誠を誓ってきた。政党勢力の台頭による国王の権力の大幅な縮小に対して、国軍のなかに不満の声も上がっている。一方、暫定政権に参加することになっている毛派は内部に人民軍を擁しており、武装放棄にはまだ至っていない。従って、ネパール国内に存在している国軍と毛派という二つの軍事勢力をこれからどのように統治するかが、今後のネパールの大きな政治課題となってくるであろう。
またもう一つの大きな課題は、国王勢力という共通の敵を倒すことで団結した主要7政党と毛派の水と油のごとく異なる主張をどのように調整することができるか、ということである。王制支持勢力を追いおとしたてひと段落した現在、その後の国家体制や国政運営のビジョンが十分描けていないようにも思われる。こうした難しい政治的舵取りをひかえ、主要7政党は国連や中国・インドに対して国政の安定化に向けた支援を要請中である。また別の問題として、一方的休戦宣言により余剰になった毛派の武器がインド国内に流れ出しているという話も聞かれる。
今後の経過が気になるところだが、王制から民政に移行した現在、上述のようないくつかの不安定要素を抱えてながらも暫定政府の発足に向けて動き出した結果、ここ数年なかったような平和な空気が漂い、海外からの観光客がかなり戻ってきており、IHCの現地プロジェクトも非常事態宣言やストライキの影響を気にせずに進められそうである。
(注)(特活)ヒマラヤ保全協会会長、日本大学国際開発学科教授